大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)168号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告の主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、その主張の三点において事実を誤認し、これを前提として、その結論を導いた点において判断を誤つた違法がある旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものといわざるをえない。

(1) 原告は、まず、本件審決が、本願発明にかかる吸音板の外観が第二引用例に示されている、としたことは事実の認定を誤つたものである旨主張するが、成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)の各図面及び説明、とくに、第一頁最上部の図面及び「fissured」(「裂開した、割れ目の入つた状態」を意味することは、当事者間に争いがない。)の語に徴すれば、第二引用例には、その表面に鋭く画定された多数の乱雑な裂目を有する吸音板の外観が示されていることが明らかであるから、第二引用例には、本願発明の吸音板の外観(裂目の鋭さの程度にあるいは、多少の差があるとしても)が示されているとみるを相当とする。

(2) 原告は、また、本件審決が「この種繊維板に使用される繊維が一般に脆弱な砕け易いものであることも熟知されている」としたことをもつて、事実の誤認である旨主張するが、成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、いわゆる吸音材料としては、コルク粉、鋸屑、コルク板等表面粗雑なもの、多孔性のもの、微細な皮膜を有する細胞集体、弾力性のあるもの、細かい繊維(木又は植物質の繊維)のもの等を使用することが古くから知られていた事実(乙第一号証の一、二が出版されたのは一九四九年である。)を認めうべく、この事実によれば、本願発明において使用される「脆弱な砕け易い」繊維も、右周知の吸音材料に包含されることは明らかであるから、この点に関する本件審決の認定を、事実を誤認したものと非難することは、当を得ない。「脆弱な砕け易い」の文言を、仮に原告主張のとおり解すべきものとしても、その文言自体の解釈から、本願発明において使用する繊維をもつて、一般の吸音材料と技術的にみて、格別の差異があるものとすることはできない。なお、原告は、従来のドリル穿孔吸音板に用いられるような硬質繊維板は、そのまま本願発明の吸音板に使用することはできない旨主張するが、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)には、高密度の板は「なるべく」脆弱化工程と称する処理を施して使用すべきものとされているばかりでなく、従来周知の吸音材料は、このような硬質繊維にのみ限られるものとは認められない(これを認めるべき証拠はない。)から、硬質繊維板については脆弱化工程を必要としたからといつて、これをもつて前認定を左右しうべきものでないことは、いうまでもない。

(3) 原告は、また、本件審決が研磨材料を素材に衝突せしめることにより、その表面に所望の裂目を削成することは、第一引用例をまつまでもなく、従来から各方面において慣行されている手段である、としたことをもつて、事実を誤認したものである旨主張するが、成立に争いのない乙第二号証第三号証の各一から三及び第四号証によれば、研磨材を素材に衝突させて加工するブラスチングは水晶印材の彫刻、金属小箱の細工等種々の作業分野において用いられていることが明らかであり、本願発明においては、これを吸音板としての繊維板に転用したものとみることもでき、しかも右転用が格別困難であることを認めしめる証拠もないから、この点に関する本件審決の認定を誤つたものとすることはできない。原告は、第一引用例は、ガラスの表面に浅い絵模様を現出するための手段を示すにすぎず、本願発明のように、素材に鋭く画定された深い裂目を削成するための方法は、ガラス業界においてはもち論、その他の業界においても存しなかつた旨主張するが、仮にそうであつたとしても、そのようなことは、その目的に応じて適宜採用しうべきいわゆるブラスチングの応用の域を出ないものであり、何らの立証もない本件においてその点に格別の技術的意義があるものとすることはできない。

(むすび)

三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

吸音板素材の表面に型板を載せ、衝突する研磨剤を使用して該表面の露出部分に切り込むことにより吸音板表面に所望の形状を形成する方法であつて、所望の吸音効果を生ずるために、吸音板素材は表面上に脆弱な砕け易い繊維を含み、型板の開口は最終的な吸音板の前面に作らんとする裂目の輪廓の乱雑な模様を劃定し、衝突する研磨剤は該素材の方に向けて延びるがその背面まで貫通しない鋭く劃定された乱雑な裂目を切り込むように使用されて上記の所望の吸音効果を得ることを特徴とする吸音板を製作する方法。

本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、原査定において本願を拒絶すべきものとした理由の概要は、型板を載置せるガラス板のような板状体に上方より研磨投射機により研磨剤を噴き付け楔形に切削を設けるような方法は本願出願前公知であり〔たとえば、昭和四年実用新案出願公告第一四、八七七号公報(以下「第一引用例」という。)参照〕、本願発明の方法は上記の場合ガラス板の代りにタイル板を用いたものであるが、単なる材料の転換にすぎず、かつ、上記のような楔形を有するタイル板も、また公知である〔ニユーヨーク市・スイートカタログサービス・一九五六年発行・日本建築学会図書室昭和三十一年受入れ、「スイートカタログ・アーキテクチユラル・フアイル・一九五六」<省略>六~七頁(以下「第二引用例」という。)参照〕から、本願発明の方法は上記公知事実から当業者が発明力を要することなく容易に推考しうる程度のことと認められるので、旧特許法(大正十年法律第九十六号をいう。以下同じ。)第一条の発明を構成しないというにある。

そして、抗告審判請求人(原告)は、楔型の裂目をもつ吸音タイル板の外観は、第二引用例に示されているが、本願の最も重要な特徴は、この裂目を鋭い縁をもつものに形成する点にあり、これによつて優秀な吸着効果を達成するもので、このような点は第二引用例の写真及び第一引用例からは全く考えられないものである旨主張するが、昭和三十九年七月八日付差出の訂正明細書をみると、従来のリグノセルローズ繊維の吸音板及びガラス繊維の吸音板は、前面に均一模様をなすドリル孔を備え、この孔が内方に板背部に向け延びているものであり、板の吸音性質は商業上の要求にとり満足すべきものであつたが、これら従来の吸音板は各正方形が隣の正方形と同じ効果をもつている非常に単調な模様を与えるという欠点があり、その装飾的効果は、審美的感覚にとつて全く不快なものであつたが、本願発明のものは、良好な吸音性質をもち、同時に外観もよく、角を斜めにすることなく吸音板を使用でき、したがつて、連続的な天井又は壁を得られるようになつているもので、現在市販されているドリル穿孔された吸音板の個々の正方形を多数組み合わせた形状、すなわち、碁盤のような形状と区別される旨記載されているだけで、本願発明のものが従来の吸音板に比べ良好な吸音性質をもつものであることを認めるに足る記載は見当たらない。

してみれば、本願発明の吸音板は、その吸音効果においては、従来のドリル穿孔された吸音板のそれに比べて格別顕著なものがあるものとは認めるに由なく、ただ連続的な天井又は壁に形成しえられ、審美的感覚にとつて装飾的効果を奏しうるという点において従来の吸音板と区別されるものであるに帰し、この点は、審美的感覚を主体とする意匠的観点からは、その効果を認めうるとしても、そのもの自体の有する技術的思想を対象とする特許法において、これを彼我対照上における効果とは認めえないものというべきである。このような観点において、本願発明を原査定の拒絶理由の各引用例と、対比考察するに、本願発明の外観は第二引用例に示されているものであることは明白であり、これが吸音板に関するものであること、並びに板の前面に不揃の模様をなして配置された多数の孔を有するものであることが容易に理解されるところである。そして、この種吸音板が各種の繊維原料から製造されることは当該技術分野において通常の知識を有する者にとつては常識的事項であるばかりでなく、この種繊維板に使用される繊維が一般に脆弱な砕け易いものであることも熟知されているところであつて、その板の密度並びに結合剤の種類及び使用量その他に応じて板表面繊維層の脆弱性が異なることも、また当業者の化学常識にすぎないことは、本願発明の明細書中においてもその繊維板の密度、繊維のサイズの使用量に応じて特に繊維の脆弱化工程を施す要ない旨を明記していること(明細書第十一頁第三~七行参照)からみても、これを窺知するに足るところであるから、本願発明が吸音板素材の表面上に脆弱な砕け易い繊維を含むようにすることには格別技術的解明がされたものとも認められない。したがつて、この点に特に意義があるものないしは発明に値するものが見出せない。

他方、研磨剤を素材に衝突せしめることにより、その表面に所望の裂目を削成することは第一引用例をまつまでもなく、従来から各方面で慣行されている手段であり、所望の模様を附するために該板上に型板を載置して行なうことは第一引用例に明示されているところである。

してみれば、本願発明は、第一引用例に示されるような公知手段をもつて、第二引用例により開示された吸音板を製造するものに帰し、特に乱雑な模様を画定すること、並びに鋭く画定された乱雑な裂目を切り込むようにすることは、前述したとおり、技術的に格別の効果が認められないから、本願発明が引用各公知事実より当業者の容易に推考しうる程度のものであり、旧特許法第一条にいう発明を構成するものではないとした原査定の判断は当を得たものというべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!